開催日 |
遺跡名 |
サイズ |
DL |
平成27年10月8日(木)
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南江戸下沖遺跡 |
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調査場所:松山市南江戸二丁目
調査面積:140.06㎡
調査期間:平成27年9月7日(月)~平成27年10月8日(木)
調査主体:公益財団法人松山市文化・スポーツ振興財団埋蔵文化財センター |
1.はじめに |
調査地は、松山平野西部に位置し、石手川によって形成された扇状地の扇端付近にあり、氾濫原上の標高10mに立地しています。南江戸地区やその周辺は、下水処理場、河川、環状線の建設や宅地開発に伴う発掘調査により数多くの遺跡が見つかっています。特に調査地の西方約500mの古照遺跡からは日本でも有数の古墳時代前期の農業灌漑用『堰せき』が見つかっています。また、調査地の北方約400mには辻町遺跡があり、古墳時代の竪穴建物や祭祀遺構のほか、中世の掘立柱建物、井戸、土坑墓などが見つかっています。そして、西方の古照遺跡、松環古照遺跡、古照ゴウラ遺跡では、古代から中世に至る集落関連遺構が数多く検出されています。このうち古照ゴウラ遺跡では中世の溝、土坑、柱穴を検出したほか弥生土器や古墳時代前期土器などが出土しています。さらには、調査地の西約1kmにある大峰ケ台丘陵には弥生時代の集落のほか、古墳時代前期の朝日谷2号墳をはじめ客谷古墳、大池東古墳など数多くの古墳が分布しています。 |
2.調査の概要 |
地表面下約0.7 m付近で、鎌倉時代から室町時代の遺構を検出しました。
検出遺構: |
溝6条、土坑8基、柱穴73 基、鋤跡15 条、性格不明遺構3基(古墳時代、鎌倉時代~室町時代) |
出土遺物: |
弥生土器(弥生時代)、土師器(古墳時代、鎌倉時代~室町時代)、須恵器(古墳時代)、陶磁器(鎌倉時代~室町時代) |
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3.わかったこと |
今回の調査において、主に鎌倉時代から室町時代の集落が存在していることが分かりました。
1区から3区で見つかった東西方向と南北方向に延びる浅い小さな溝は形状や方向などから住居の空間を画する溝と考えられます。柱穴は調査区全域で見つかっており、調査区外に展開する掘立柱建物の存在が想定されます。
鋤跡は2区を中心に南北方向に延びており、調査地及びその周辺には畑が存在していたことが窺えます。円形の土坑はその形状から貯蔵施設と考えられます。性格不明遺構は、調査区外に延びており現段階では全容は不明ですが人為的に掘られたものであります。中世村落は人が住む居住域と農作物を作る生産域、埋葬施設がある墓域で構成されていますが、調査地は生産域の後、居住域となったことが遺構の切り合いなどからわかりました。中世の遺構を検出した土の中には、古墳時代の土器が含まれており、調査地周辺には古墳時代の集落跡が存在していたことを示すものです。
南江戸地区は、県下でも有数の中世村落の景観が復元できる遺跡が数多くあり、今回の調査において、その村落がさらに南東域に広がることが分かる貴重な資料を得ることが出来ました。今後は検出した遺構から集落構造を明確にすることが整理していく上での重要な課題となります。 |
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調査地の位置
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