今回の発掘情報展は、昨年度調査した松山城三之丸跡24次・25次調査です。調査した場所は、堀之内の北側です。まだ整備がされていなくて、皆さんは立ち入りができないところになります。
展示の様子(全体) |
パネルには、高いところから撮った写真を掲載しています。ドローンではなく、スタジオのカメラマンが高所作業車を使って撮影したものになります。迫力がありますよ。
展示の様子(パネル) |
続いて、出土した遺物です。
江戸時代に武家が使っていたものです。
向付(むこうづけ)って何でしょうか?
ご飯やお汁の奥、すなわち向こうに置く料理を入れた器です。お刺身や酢の物などをいれていました。
徳利(とっくり)や行平鍋(ゆきひらなべ)の蓋(ふた)も出土しました。これらの遺物を見ると、武家の生活が身近に感じられませんか。
出土した陶磁器は、肥前(佐賀県)のものが多かったです。唐津焼などです。松山の西にある松前(まさき)町では、明治に五十集(いさば)船で陶磁器を出荷していました。積み荷は砥部焼が主だったのですが、いさば船は「からつ船」とも呼ばれていました。陶磁器を「からつ」と呼んでいたのですね。唐津と松山が、昔からつながっていたからかも知れません。
展示の様子(陶磁器) |
焼き物の白色の碁石が出土しました。実は、大型のハマグリを利用してつくられる白色の碁石はとても高価なのだそうです。
・・・ですので、その代用品として焼き物でつくったのかも知れませんね。
展示の様子(碁石) |
軒丸瓦が出土しました。蒲生家の左巻三巴文と久松家の星梅鉢文です。
展示の様子(軒丸瓦) |
松山城の歴代城主の家紋は、四つの種類が知られています。
歴代藩主の家紋 |
左巻三巴文、徳川葵、星梅鉢文は、松山城内や周辺の神社で見ることができます。松山城内では、左巻きと右巻三巴文が見られます。風水を考慮したためだそうです。徳川葵もあります。伊佐爾波神社では左巻と右巻が並んでいるところもあります。家紋を追いかけてゆくと、いろいろなことがわかります。
松山城内 | 松山城天守 |
松山城天守 | 松山城内(天神櫓) |
東雲神社 | 伊佐爾波神社 |
松山城に登ったり、考古館の展示をみたりと、松山の一日をゆっくりと満喫してみてはいかがでしょうか?