姫原遺跡2次調査 [弥生時代~中世/集落] 松山市姫原一丁目
昨年度末の3月に、埋蔵文化財センターから松山市埋蔵文化財調査報告書189集「姫原遺跡2次調査」が刊行されました。この「姫原遺跡2次調査」は平成14年11月18日から平成15年3月31日のあいだ行われた発掘調査の報告書です。
調査地のある「姫原」は、古代から残る地名で、市内でも遺跡が多く残る地区です。調査地の近くにある「比翼塚」と呼ばれる小さな2基の五輪塔は、允恭天皇の皇太子であった木梨軽皇子と、その妹の軽大娘皇女を祀ったもので、当時の中央政権との関係を物語るものと言われ、二人の儚い伝承が残っている地でもあります。
この調査では、弥生時代中期から中世までの遺構や遺物を発見しました。とりわけ、弥生時代の竪穴建物や溝、土坑が数多く見つかり、大量の土器や石器が投棄された状態で出土しています。このうち、分銅形土製品(6点)や弥生土器に孔が開けられ転用された紡錘車などの数多くの土製品は、当地が祭事を担う重要な場所であった可能性を示すものと考えられています。また、弥生時代終末期の竪穴建物からは、全国的にも出土例の極めて少ない手焙り形土器(火をおこす道具。祭祀用?)が、ほぼ完全な状態で出土しています。そして、古墳時代から古代にかけての建物跡や中世では室町時代の水田址が発見されたことから、中世以降は生産域として土地利用されたことがわかり、「姫原」における人々の暮らしの変遷を解明する上で大変貴重な成果となりました。
「姫原遺跡」の遺物も今回の「掘ったぞな松山2017」後期展で展示する予定です。是非、ご来場下さい。