陸上競技の1発フライング失格、競泳のバサロ泳法や高速水着禁止、そして今大会、柔道男子66kg準々決勝の旗判定の青3本から白3本に変更でもわかるように柔道でのビデオ判定導入、スポーツ界はその時代の状況に合わせてルール変更が行われます。
スポーツから話はそれますが、沖縄県が日本復帰後6年目の昭和53年(1878年)7月30日は自動車の対面交通が右側通行から左側通行に変更された日なのです。 戦前の沖縄県では日本国内の他地域と同じく自動車は左側通行でしたが、沖縄戦終了後、アメリカにより右側通行に変更されていました。 日本本土とは逆の右側通行であるという状況は、昭和47年(1972年)5月15日の復帰後も6年間続きましたが、ジュネーブ交通条約の「一国一交通制度」による条約遵守の立場から、昭和53年(1978年)7月30日をもって県内全域で左側通行に変更されることになったのです。
このように右から左、左から右へ、コロコロと180度変わるルール変更があっても、ルールは必ず守るものという考えで、ルールに従い生きてきた日本人。ロンドンオリンピック日本選手団の皆さん、日本の未来ある子供達に、ルールを守り戦うスポーツマンシップ、フェアプレイの精神をしっかりと見せてあげて下さいね。「頑張れニッポン!」